ぼくは、しん判がきらいです。そんなことをいうと、お父さんやお母さんや、しん判からもおこられてしまうかもしれません。でも、やっぱりきらいです。
ぼくがはじめてしん判からおこられたのは、ようちえんのきりんぐみのときです。それまでもおこられていたのかもしれません。よくわかってなかっただけかもだし、おぼえてないだけかもです。でも、たぶんそうです。だから、ようちえんのきりんぐみのときの話をします。
そのときぼくは、ようちえんのえんていで、友だちだったなおとくんといっしょにあそんでいました。なおとくんはめっちゃおもしろい友だちで、べつの学校に行っちゃったけど、ぼくはなおとくんといっしょにふざけるのがすきでした。
そのときぼくとなおとくんは、ブランコとすべり台のあいだをめっちゃ行ったりきたりして、どっちがはやいかきょうそうしていました。なおとくんはめっちゃおもしろいのに、足もはやいです。ぼくはあんまり足がはやくなかったから、ふざけた走りかたをしているときのなおとくんにもかてませんでした。サッカーのチームでもいつもおそくて、それがちょっとなやみでした。
でもぼくはそこで、1回くらいなおとくんにかってみたいと思いました。なおとくんと走りながらかんがえて思ったのは、ものすごいはやくうごこうとしたらいいんじゃないかということでした。しゅんかんいどうみたいなかんじにできたらいいかもと思いました。そうすればなおとくんにもかてるし、なおとくんもおもしろがってくれるだろうと思いました。だからぼくは、はやくうごくぞ! と思って、それから「えいっ」といって、すべり台のほうをにらんでみました。
そしたら、ほんとうにはやくうごけました。あとなんか、すごいおとがしました。
でも、もちろんそれはだめでした。しん判がやってきたからです。しん判は「それはできないことになってるんだよ」とこわいかおでいいました。ぼくはしん判をみるのがはじめてだったから、それがしん判だとわかってませんでした。でもそれで、すごいはやくうごいたのが、ないことになってしまいました。じかんがちょっともどっていたことに気がつくまで、じかんがかかりました。ぼーっとしていたぼくに、なおとくんがこえをかけてくれて、やっと気がつきました。そのときにはもう、しん判はいなくなっていました。なんかいやなきもちでした。
ぼくはその日のばんごはんのときに、そのときにあったことを、お父さんに話しました。それで、おこっていたのがしん判だとわかりました。お父さんがおしえてくれました。それから、おこられました。
「きまりをやぶっちゃいけないんだ」とお父さんはいいました。「きまりをやぶるとしん判がやってきて、やりなおしになっちゃうんだよ」といいました。「たけるも、サッカーのしあいでハンドをしたときに、フリーキックでやりなおしにさせられるだろう」といいました。「お父さんも、お母さんも、お姉ちゃんも、みんなルールをまもってるんだよ」といいました。「きょうのたけるは、光よりもはやくうごいちゃったからおこられたんだよ。まあ、光ほどはやくなくても、すごくはやくうごくためにもいろいろルールがあるんだけどね。そういうのはまだたけるにはむずかしいかな。とにかく、あんまりはやくうごこうとするのはやめておいたほうがいいよ」みたいなことをいってました。
それでいやなきもちになったことは、お父さんにいいませんでした。いわなかったけど、やっぱりいやなきもちなのはほんとでした。でもそのときは、しん判のことがきらいになるほどじゃありませんでした。おこられるのと、なかったことにされるのがいやだなってかんじだったし、しん判のことはまだあんまりよくわからなかったからです。とにかく、おこられるのがいやなので、ルールをやぶらないようにしようと思いました。でも、そういえば、サッカーでハンドをしちゃいけないのはぼくでもしってるけど、しん判におこられないようなどんなルールがあるかよくわからないなとも思いました。さっきお父さんにおこられたときにきいておけばよかったなと思いました。
なので、つぎの日にお父さんにきくことにしました。するとお父さんは「すごくたくさんあってむずかしいんだ」といいました。「いままでいろんな人がためしてみて、それでだんだんわかってきたんだよ」といいました。「それをぜんぶせつめいするのはお父さんにもできないし、たぶんたけるもわからないと思う。でも、そうだな、まわりを見ていたらだんだんわかるようになるんじゃないかな。お父さんもそうやって、どんなルールがあるのかが、だんだんわかるようになったんだよ」といいました。
「でもそれだったら、ぼくにはルールまもるのむりじゃない?」とぼくがいうと、「でもたけるだってしゃべれるだろう」とお父さんはいいました。「どういうこと?かんけいなくない?」とぼくはいいました。「たけるだって、赤ちゃんのころはしゃべれなかったけど、お父さんやお母さんがしゃべってるのをきいたりしてるうちに、しゃべれるようになっただろう」とお父さんはいいました。「でもまちがえたこといっちゃうこともあるじゃん」とぼくはいいました。「まあそのくらいはしかたないよ。みんな小さいころはちょっとやっちゃってるんだから」とお父さんはいいました。「けっきょくやりなおしになるから、そのうちやらなくなるんだよ」とお父さんはいいました。「お父さんはいまはもうしん判からおこられることないの?」とぼくはききました。すると「もうなくなったなあ」とお父さんはいいました。
ぼくはそのとき、お父さんはうそをついてるんじゃないかと思いました。けどだまっていることにしました。とにかくぼくは、おこられるのがやっぱりいやなので、気をつけるしかないなと思ったからです。
それからぼくは、あんまりしん判におこられるようなことはしませんでした。ほんとです! たまにまちがえてやっちゃったこともあるけど、わざとやったことはあんまりありません。みんなのことをよく見てたからです。たとえば、空をとんじゃいけないらしいことは、ぼくもしっています。みんな空をとんでないからです。だからわざとやったりはしていません。
でも、やって、おこられたこともやっぱりあります。たとえば、ぼくが1年生のとき、メイがしんじゃったときのことです。メイはうちでかっていた犬です。ぼくより大きくて、ぼくより年上で、お姉ちゃんより年上で、でもお姉ちゃんよりは小さい犬でした。ぼくが生まれたころからもうおじいちゃんで、メイのさんぽはお姉ちゃんがやることになっていました。たまにぼくもついて行っていました。
そのメイが、1年のおしょうがつごろにしにました。夏のころからずっとげんきがなくて、お父さんは「もう長くないな」と言っていました。それでだんだんもっとげんきがなくなって、冬休みにはもうほとんどうごけなくなって、冬休みのちょうどおわりの日にしにました。
ぼくはメイがしんで、すこしかなしくなりました。お姉ちゃんはもっとかなしそうでした。お姉ちゃんは、「メイは遠くに行くことになったんだよ」といいました。ぼくが「しぬ」っていうことをよくわかっていないんだと思ったんだとおもいます。たぶんだけど。ぼくは「しぬ」っていうことをわかっていましたが、お姉ちゃんがかなしそうだったので、「そうなんだ」といいました。
お父さんはそれよりまえからメイのおそう式のじゅんびをしていたみたいで、「明日はメイのおそう式をするよ」といいました。しんだメイは、ちょっとまえにおそう式のかいしゃの人にもらったらしい木のはこに、ほれいざいといっしょにはいっていました。メイを家の2かいにおいて、みんなでばんごはんを食べました。お姉ちゃんは食べませんでした。お姉ちゃんはずっときげんがわるそうでした。いつもはごはんをたべないとおこるお父さんも、その日はおこりませんでした。
それで、ばんごはんのあと、お父さんとお母さんがごはんのあとかたづけやおふろのじゅんびをしているときに、お姉ちゃんが、「メイを生きかえらせよう」といいました。ぼくは、お姉ちゃんがルールをやぶろうとしてるんだと思いました。「しん判におこられない?」とぼくがいうと、お姉ちゃんは「でもやるの」とこわいかおでいいました。お姉ちゃんは、ひとりでしん判におこられたくないから、ぼくもまきこんだんだと思います。しかたないので「わかった」とぼくはいいました。
お姉ちゃんとぼくは2かいに行って、木のはこにはいってるメイを生きかえらせました。お姉ちゃんはメイのぐあいがわるくなってからずっとどうやるかかんがえてたみたいで、それをしました。ぼくはなにもせずに、よこから見てるだけでした。それで、メイが生きかえりました。はこのなかで、メイがうにうにうごいていました。お姉ちゃんが「はこからだしてあげて」といいました。ぼくはちょっとこわかったけど、お姉ちゃんはもっとこわいかおをしていたので、いうことを聞くことにしました。
ぼくはほれいざいをよけて、メイをかかえました。やっぱりちょっとうにうにしていました。それで、ゆかにおくと、メイはゆっくり歩きはじめました。それを見たお姉ちゃんはうれしそうなかおになりました。でも、すぐにうずくまってしまいました。あんまりげんきそうじゃありませんでした。それを見たお姉ちゃんは、またかなしそうなかおになりました。
ぼくはつい、「なんか、ゾンビみたいだね」といってしまいました。いってから、しまったと思いました。お姉ちゃんがまたこわいかおになったからです。かなしそうになったりこわそうになったりたいへんです。でもやっぱり、メイはなんだかゾンビみたいでした。目とかないぞうとかはでてなかったけど、おなかのあたりがへんなかたちになっているみたいだったし、あしのかんせつもちょっとおかしいっぽかったです。うごきもやっぱりへんでした。
それから、お姉ちゃんがメイをだいてあげようと手をだしたときに、しん判がでてきました。ぼくはまえにもしん判を見たことがあったので、それがしん判だってわかりました。お姉ちゃんもわかったみたいで、ぴたっと手をとめました。それからしん判は、「それはできないことになってるんだよ」とこわいかおをしていいました。すると、「やだ!」とお姉ちゃんが大きなこえをだしたので、ぼくはびっくりしました。それからお姉ちゃんがまた手をだそうとしたように見えたけど、でも、気がついたらもどってしまっていました。
メイが生きかえったあと、お姉ちゃんとぼくはやくそくしました。お姉ちゃんは、「このこと、だれかにいったらだめだよ」とお姉ちゃんがいいました。「うん。でも冬休みのえにっきには書いてもいい?」とききました。お姉ちゃんはおどろいたかおで、「え? しん判のこと、えにっきに書くの?」といいました。さっきまでかなしそうなかおをしていたのに、いそがしいです。「だめなの?」とぼくは言いました。「だって、みんな書かないじゃん。学校の作文とかにしん判のこと書いてる人見たことある?」とお姉ちゃんは言いました。たしかに、クラスのみんなの作文を聞いてても、しん判のことを書いている人は、ぜんぜんいないと思いました。ぼくは「ないかも」とこたえました。「でしょ。みんな知ってるけど書かないことなの」とお姉ちゃんはいいました。ぼくはそれを聞いて、そういうもんかな、と思いました。思ってるうちに、お姉ちゃんはもう、かなしそうなかおにもどっていました。
だから、そうやってひみつにしていたから、ぼくとお姉ちゃんがやったことは、お父さんやお母さんにはばれませんでした。先生がこれを知ってる2人めです。メイのおそう式もぶじおわりました。冬休みがおわってからしばらく、お姉ちゃんは学校を休んでいました。
でも、いつもおこられているばかりじゃなかったです。しん判におこられそうだけどおこられないようなことができないかと思って、うまくいったこともあります。これはとくにひみつだけど、山田先生にはおしえてあげようと思います。
2年のときです。夏休みのとう校日で、下校しているときに、ふゆき君といっしょに、うちのちかくのこうえんでサッカーをしているときに、「へんなものふらせてみようよ」とふゆき君がいいました。「カエルとかがふってきたらおもろいじゃん。雨みたいに」とふゆき君がいいました。ぼくはしん判のことを友だちと話すのははじめてだったので、話してもいいのかなと思いましたが、でもおこられるのはいやなので、「しん判のこと知らないの? おこられるよ。おれやだよ」とふゆき君にいいました。でもふゆき君はぜんぜんだいじょうぶ、みたいなかんじで、「へいきへいき」といいました。それから「でももちろん、ふつうにふらせたらおこられるからな」ともいいました。
ぼくはさいしょよくわからなかったのですが、ふゆき君は、なんかそれっぽいかんじでちょっとずつだけルールいはんをしていくだけならしん判にはおこられないみたいなことをいってました。どこかの空でちょっときあつがかわって、そのせいでどこかでつよい風がふいて、どこかの池で小さなたつまきがおこって、カエルが空にとんでって、それがうちのちかくの公園でふってくるみたいにしようっていっていました。そのときはぼくはよくわからなくて、わかってるふりをしてただけです。あとでよくかんがえてみたら、そういうことをいっていたみたいでした。
ぼくはよくわからないまま「できるのかな」といいましたが、ふゆき君はやる気でした。それから、「でもじゅんびに時間かかりそうだし、明日またここにしゅうごうな」といいました。たしかにカエルがふってくるのはおもしろそうだと思ったし、おこられたとしてもおこられるのはふゆき君だからまあいいかと思ったので、ぼくは「わかった」といいました。
その日の夜に、ぼくはすごくわくわくするきもちと、すごくしんぱいなきもちでいっぱいでした。やるのはふゆき君で、ぼくはなにもしないからいいやと思ったけど、でもやっぱりいっしょにおこられてしまうかもしれないからです。ふゆき君はいつもちょっとずるなので、もしうまくいかなかったらぼくのせいにされてしまうかもしれません。でもやっぱりカエルが空からふってくるのは見てみたかったので、ぼくはふゆき君の言うとおりにまつことにしました。もちろんお父さんとお母さんにはひみつでした。お姉ちゃんはぼくがわくわくしてることに気がついてたみたいで、ねるまえに「なんかたのしみなことあるの?」といわれました。ぼくは「ひみつ」といいました。「ふーん」とお姉ちゃんはいいました。
それからつぎの日の下校の時間に、ふゆき君にいわれたとおり、ぼくはちかくのこうえんにきました。まえの日にふゆき君が「かさをもってこいよ」といっていたので、そのとおりにおきがさをもってきました。ふゆき君はぼくよりちょっとはやくこうえんにきてたみたいでした。雨もカエルもふっていませんでしたが、くもがすごい黒くて大きくて、夕立ちがもうすぐきそうなかんじでした。ぼくが「おそくなってごめん」というと、ふゆき君は「まだもうちょっとかかりそうだからだいじょうぶ」といいました。
それからふゆき君とぼくはベンチにすわってまつことにしましたが、ほかにやることがありませんでした。ボールをもってくればよかった、とぼくは思いました。ぼーっとしていると、ふゆき君が「きのうしん判にいっかいおこられちゃってさ」といいました。ふゆき君は、カエルを空にとばすときに、「かげん」がよくわからなくて、めちゃくちゃ思いきってとばしてしまって、それでしん判におこられたらしいです。
でもその話をしたあとふゆき君は「でもそのつぎはうまくいって、おこられなかったから」ともいいました。それから「まえにもじっけんしてみてわかったんだけど、やっぱりちょっとだけならだいじょうぶっぽい。でも、ほかの人が見てたり、ほかの人がちょっとちがうズルをしようとしてかちあっちゃったりするとダメみたいなんだよな」みたいなことを、ふゆき君はいいました。ぼくは、よくわからなかったけど、なるほどと思いました。ふゆき君はやっぱりすごいなとも思いました。ちゃんとじっけんするのはえらいと思いました。
でも、ぼくが知らないうちにもとにもどされてたのは、なんかいやだなと思いました。だって、まえの日にわくわくしながらしんぱいしながらまってるときに、もどされてるなんて、気がつかなかったからです。
それからまたしばらく、ぼくとふゆき君はだまっていました。もしかしていつもぼくが知らないうちに、しん判にもどされてたりするのかなと思って、ちょっとこわかったのもあります。いつ夕立ちがきてもおかしくないかんじだったけど、なかなかきませんでした。
それからふゆき君が「たぶんもうすぐだと思う」みたいなことを3かいめにいったときに、やっと雨がぽつぽつふってきたので、ぼくはもってきたかさをさしました。ふゆき君もさしました。でもやっぱり雨しかふっていなかったので、ぼくは「雨しかふってないじゃん」といいました。するとふゆき君は「そのうちふってくるから」と言いました。
それですぐに雨がつよくなってきて、ぼくがもうかえりたいなと思ったときに、きゅうにどすっという音がして、ふゆき君のかさがゆれました。じめんを見ると、カエルがいました。「カエルだ!」とぼくはいいました。ふゆき君は「ほらみろ」といいました。うれしそうでした。カエルはしんでるみたいでした。それからこうえんのあっちこっちに、なんびきかカエルが、ばちゃっ、ばちゃっとおちてきました。ぼくのかさのところにはおちてきませんでした。ぜんぶで10くらいのカエルがふってきました。
それからぼくは「これだけ?」とふゆき君に聞きました。もっとたくさんふってくると思ってたからです。ふゆき君は「いっぱいふらせたらおこられるじゃん」と言いました。ぼくはやっぱり、なるほどと思いました。もうちょっとふってきたほうがおもしろかったのにな、とちょっと思いましたが、でも、やっぱりカエルがふってくるののほうがおもしろいから、ふゆき君はすごいです。
こうえんにはぼくとふゆき君しかいなかったので、カエルがふってきたことは、ぼくとふゆき君しか知らなかったと思います。だから、先生がこれを知ってる2人めです。
ぼくがしん判をきらいになったことはまだまだあります。いつもこわいかおでもどしてくるくせに、こっちががんばってルールをやぶってもどしてもらおうとしても、もどしてくれないことがあることです。とくにひどかったのは、3年のときのことです。やっぱり夏休みで、じいちゃんばあちゃんちに行っていたときのことです。
じいちゃんばあちゃんの家は山のなかにあって、家のちかくに川がありました。ぼくは走るのはとくいじゃないけど、プールであそぶのはすきなので、川でもあそんでみたいといつもおもってたけど、お父さんから「あぶないからぜったいに川であそんじゃだめだぞ」といわれていました。お父さんにおこられるのはいやだったので、2年生までは川であそぶのをあきらめていました。
でも、ふゆき君のカエルとかがあって、いろいろかんがえて、思いついたことがありました。川であそびながら、それといっしょに、しん判にもどされるようなことをして、それでもどしてもらえば、川であそんだのに川であそんでなかったことになるんじゃないかと思いつきました。しん判にはおこられるけど、お父さんにはおこられないですみます。どっちにしろおこられますが、川であそべたぶんだけしん判におこられるののほうがおとくだと思いました。
なのでぼくは、ぜったいにしん判におこられるようなあそびかたをしてみることにしました。夏休みにはじいちゃんばあちゃんの家にぜったいに行くはずなので、夏休みのまえからけいかくをたてました。
どんなけいかくかというと、その川のちょっと上のほうにははしがかかっているので、そこから大ジャンプで川にとびこむことにしました。もちろん、ただとびこむだけだとしん判におこられないですんじゃうから、それでふくがぬれてお父さんお母さんにばれちゃうから、ただとびこむだけじゃありません。ちょっと空中でふわふわとんで、それからとびこむことにしました。あんまり泳ぐ時間がないのはざんねんですが、これならきっとしん判におこられるはずだし、ためしてみるにはちょうどいいやりかただと思いました。ふゆき君みたいにじっけんするぞと思いました。
ぼくはそうきめて、それからおぼんになりました。ぼくとお姉ちゃんとお父さんとお母さんで車にのって、じいちゃんとばあちゃんの家に行きました。じいちゃんとばあちゃんの家にはゲームがなくてすることがあまりありません。お姉ちゃんはだいたい本をよんでるばっかりです。お父さんとお母さんはここぞとばかりにずっとひるねです。じいちゃんとばあちゃんもよくひるねをします。ぼくもほんとはゲームをしたいけどもってこさせてもらえないので、しかたないから外であそびます。でもお姉ちゃんとちがってじいちゃんとばあちゃんの家のちかくの外であそぶのはそんなにきらいじゃありません。
それで、けいかくをじっこうすることにしました。はしのところへ行って、まわりにだれもいないことをしっかりたしかめてから、手すりのところにのりました。そんなに川から高くにあるはしじゃないからだいじょうぶだとわかっていても、ちょっとこわいきもちになりました。でも、ふわふわできるからもっとだいじょうぶだと思うことにしました。
それで、ジャンプして、それで、ふわふわしてみました。しん判にちゃんと気がつかれるようにしっかりふわふわしたほうがいいのか、でもとびこむまえにもどされちゃったらだめだからさっさととびこんだほうがいいのか、ふわふわしながらまよいました。はやくかんがえておけばよかったと思いました。あと、もしおぼれてしまったらどうしようとも思いました。くるとちゅうでつりをしているおじさんを見かけたから、その人にたすけてもらえるといいなと思いました。
なんだかずっとふわふわしてるみたいな気がしましたが、たぶんほんとはそんなにずっとはしていなかったと思います。それで、ようやくけっしんがついて、というか、川にとびこむまえにしん判がでてきちゃうことのほうがこわくなって、なのでふわふわするのをやめてほんとにとびこんでみました。
とびこむのはとてもおもしろかったです。ふわふわしているときもおもしろかったけど、落ちてるあいだのほうがずっとおもしろかったです。水にばちゃんとなるのも、ちょっといたいけどおもしろいです。プールにとびこんだときよりずっとおもしろいです。あと、水がプールよりずっとつめたいのも知らなかったので、それにはびっくりしました。泳ぐのもおもしろいです。思ってたよりながれがはやくなかったです。
そうやって、あそびながら、いろんなことをかんがえて、でもそんなにいろんなことをかんがえているくらい長いことぜんぜんしん判がきてないことにやっと気がつきました。泳ぎながら気がつきました。このままじいちゃんばあちゃんの家にかえるとぜったいにばれてしまうと思いました。しかたないのでめいっぱい泳いで、それからかえって、やっぱりお父さんにおこられてしまいました。泳ぐのはやっぱりおもしろかったのでそれはいいけど、お父さんにおこられたのはしっぱいでした。けっきょくしん判はでてきませんでした。
どうしてしん判が出てこなかったのかはよくわかりませんでした。でも、よくかんがえてみると、もどしてもいいと思ってなんでもやれるとよくないかもしれません。わるいことをたくさんためしてみたりとか、なにかからえばぶときにうまくいきそうなやつがわかってよくなさそうです。そうだとしても、それがどうやってしん判にばれるのかはよくわかんないけど。
そうやって、ぼくはしん判のことがきらいになりました。へんなことにならないようにしているつもりなのに、すごくちゃんと見てるわけでもないっぽいし、よくわからないときに気まぐれになったりするみたいで、なんかいやです。だから、そうやってきらいになって、いやだいやだと思っていたせいで、ようちえんにもどされちゃったんだと思います。4年生になって、もうずっといやだったことをだれかにおしえたくなって、お姉ちゃんにいわれたことをすっかりわすれてて、いまみたいな作文を書いて、先生に見せようとしたときに、しん判がでてきたのも、そのせいだと思います。「それはできないことになってるんだよ」といって、気がついたらようちえんにいたのも、そのせいだと思います。
それで、ぼくがまえにやったこと、このさきやることは、いつのまにかないことにされたみたいでした。なかったことになるみたいです。だからもっとしん判がきらいになって、しん判がこわくなって、もうぜったいにルールをやぶらないようにしました。もどるまえもやぶらないように気をつけようと思ってたけど、もっともっとすごい気をつけることにしました。しん判のこともだれにもいってません。おかげで、もどってからいちども、しん判におこられたことはありません。
でもそれだからか、ちょっとずつかわっちゃってる? かわっちゃう? みたいでした。お父さんもお母さんもお姉ちゃんも、なんだかちがう人のような気がします。メイはよぼよぼだけど、まだ生きてます。まえの1年生のときのたんにんはあらたしくきた木村先生だったけど、先生は山田先生です。山田先生は4年生のときのたんにんです。クラスもぜんぜんちがうから、ふゆき君ともなかよくなれませんでした。こないだ、じいちゃんのおそう式に行きました。おばあちゃんはよぼよぼだけど、まだ生きてます。
それでもぼくは、もうもどされないといいな、と思っています。お父さんやお母さんやお姉ちゃんがどこかちがう人みたいでも、なかのよかった友だちとはべつの友だちとなかよくなっててへんなきもちになっても、あのときみたいにしん判におこられてぜんぶなかったことにされるよりはずっといいと思います。ぼくはこれいじょうしん判におこられないように、ひっそりしていることにします。
でも、それでも先生にだけはやっぱりおしえてあげたくなったので、こっそりこれを書きました。山田先生は4年生のときにもたんにんになってくれますか?
[せんせいより]
とってもおもしろくてどきどきするお話でした。「光よりはやくうごく」とか「犬が生きかえる」とか、ふつうではぜったいにできないことにチャレンジしているのが、こわいけれど、わくわくしましたよ。それに、「しん判」がすごくおもしろいです。まるで、ほんとうのサッカーの審判みたいにきびしくて、「やりなおし」をせまってきますね。
まだまだいいところがあります。いまならい中の漢字や、ならっていないむずかしいことばもがんばって使えているのはすごいですね。まちがっているところもあるけど、そこはこれからべんきょうすれば大丈夫。「しん判」が出てきて「そこはちがうよ、やりなおし」といわれないように、たくさん本を読んだり、漢字を練習したりして、すこしずつおぼえていきましょう。
もっとおもしろくするなら、「メイちゃんのおそう式のとき」や「ようちえんにもどってしまったとき」のような、だいじなときのきもちを、もっとたくさん書いてみるのがいいかもしれませんね。それに、読んだあとにもうすこしだけ明るいきもちになれるようなお話のほうが、先生はすきです。
あと、これもたいせつなこと。「せんせい、あのね」というのは、自分のみのまわりにあったできごとを先生につたえるための作文です。せっかく想像力ばつぐんのお話をつくったのなら、べつの題名をつけてみるのはどうでしょう。
この作文は、先生も小説を読んでいるみたいにたのしめました。いまもまだ「しん判」がどこかで見はっている気がして、ちょっときんちょうしちゃってます! またこんなふうに、おもしろくてすこしこわいお話を聞かせてくださいね。